コロナ。
withコロナ、afterコロナ。
ステイホーム。
リモート、ホームオフィス、在宅勤務。
3密。
エッセンシャルワーカー。
こんな言葉が暮らしを覆いつくすことになるとは、
まるで想像していないまま始まった年が終わりました。
皆さんのおうちにも、この世界の変化は、
多かれ少なかれ影響を及ぼしたことでしょう。
わが家にあっても、そうでした。
3か月に及ぶ、小・中・高校の休校。
緊急事態宣言。家業の休業。
ステイホーム。
買い物にスーパーに行くのは誰にするか、何時台なら空いているか、
その頻度にすら注意をする日々。
24時間一緒に過ごす家族5人。
けんかにこそなりませんでしたが、だんだんと皆、無気力になっていきました。
ショッピング、図書館通い、お茶、観劇、習い事。
楽しんでやっていた、心潤すいろんなものごとは、ほぼ、
「不要不急」
だということになってしまった。
「不要不急」
むなしい言葉です。
掃除のための新しい道具、そして洗剤を探しに、
ホームセンター探索に行くという、
ほぼ、趣味である私の楽しみなども、
「不要不急」。
それでも、家族が在宅すればしただけ汚れるのが住まい。
特にトイレの汚れ方は、例年の夏休みのそれよりも、
「すごく、早い!」と感じました。
それはそうですよね、どこにも出かけないんですものね。
なのでひたすら、家にある道具と洗剤で、
トイレ掃除をしていた記憶しかないのです。
ステイホーム。
いつもトイレで読む雑誌までも隔月刊になってしまったりで、
便器の上で、半年前には想像もしていなかった、
この変わり果てた世界を呆然と思っていました。
そう、家族が在宅すればしただけ、汚れるのが住まい。
元気で、そこで過ごせば過ごすだけ汚れるのが住まい。
それは本来、つらいことでも、悲しいことでもありません。
汚れていい。汚していい。汚れるのがいい。
生きているのだから。
ただ、汚れたら、掃除をすればいい。
掃除をするにしても、目を三角にして必死にやらなくていい。
誰が見に来るでも評価しに来るわけでもない。
どうだあー、なんて、誰かに、
見せびらかさなくてもいい。
「映え」なんか気にしなくていい。
私が、家族が気持ちよく過ごせればいい。
私が掃除できなければ家族が掃除をすればいい。
だって、みんながステイホームしているのだから。
そんなあたりまえを改めて。
あたりまえだけれど大事なことを改めてわからせ、知らしめてくれた、
COVID-19に、私は少しだけ感謝すらしています。












