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「当たり前」を疑うための知恵② 

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「当たり前」を疑うための知恵② 

『できない』のではなく、『判断していない』だけ




「まなび」の語源は、

「まね」にあるといいます。

 

わたしやあなたが、家事をする人になったとき。

 

家事を学ぶために、誰の真似をし始めたか、

覚えていますか?

 

おそらく、それは「学校の先生」ではないはずです。

 

絶対ではないにしろ、

 

多くの場合、それは家の中で

いちばん長く家事をしていた人。

 

「お母さん」ないしは、「おばあちゃん」。

「お父さん」「兄や姉」の可能性もありますが、
多数派ではないはず。

 

そう、意識的か、無意識的かを問わず、

家事といえば、「お母さん」のしていたそれを、

なぞってしまっていたりしませんか。

 

子どもの記憶の中でお母さんのしていたことは、

「やらなければいけない」こと。

 

もしかすると、家族内、

夫婦間で噛み合わない、

「やらなければいけない」の要素も、

そんなところに、根っこがあるかも知れません。

 

それは「違うお母さん」のもとで育ったから。

身体に染み込んでいる「あたりまえ」のことすぎて、

要不要なんて、疑うことができない。

 

本当に必要?

そう問い直す前に、

もう身体が動いてしまう。

 

棚卸しをする前に、

いつもの手順が始まってしまう。

 

それは本当に「やらなければいけないこと」だったのか。

それとも、「判断を引き継いでいなかっただけ」なのか。

 

もともとは、「判断」がそこに、あったはず。

家が寒すぎるとか、日当たりが足りなかったからとか、

肌の弱すぎる子どもがいたからとか、

食の細すぎる子どもがいたからとか。

 

当時の特殊事情も、

時が経ち登場人物も変われば、

必要なくなることかも知れないのだけれど。

 

とある

 

①判断 がなされ

②準備 が入念に行われ、家事として

③実行 される

 

そうして目に見えて回り続けるのは、

 

③実行 された家事ばかり。

 

 

立ち戻るには勇気がいるかも知れません。

 

自分なんかが問いを立てていいものか、怯んでしまうかも知れません。

 

でもそれはこれから先の自分のためにはきっと必要なことなんです。

 

 

あなたがいま、自分が思うほどにできていないのは、

ほんとうに必要な判断ができていないだけのことかも知れない。

 

 

自分自身が、

家事のお手本になることを許してみても、

 

いいんじゃないでしょうか。

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「当たり前」を疑うための知恵② 

「当たり前」を疑うための知恵② 

この記事の監修者

藤原千秋

藤原千秋

サニクリーンおそうじマイスタースペシャル講師。

「家のなか」の事をテーマにウェブ、雑誌、書籍、新聞等で執筆。
大手住宅メーカー営業職を経て2001年よりAllAboutガイド。
きほんから新発想まで 家事ずかん750』(朝日新聞出版)等、著監修書多数。
2020年より東京中日新聞にてコラム『住箱のスミ』連載中。2018年よりTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』隔月レギュラー出演中。

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集英社LEEweb https://lee.hpplus.jp/column/series/souji/

 

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