”常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう”
理論物理学者であるアルベルト・アインシュタインの名言です。
「常識」を「偏見のコレクション」と、言う!
すごい表現だな、と思いますけど、
私たちの日常の、
「当たり前」も、
常識と同じように、
誰かが形づくった小さな偏見なのかもしれません。
例えば。
夏は、冷蔵庫に、
いつも冷えた麦茶が入っていて「当たり前」?
お風呂から上がったら、
洗濯されて、
からっと乾いたタオルが使い放題で「当たり前」?
朝ご飯は、炊き立てご飯に、
焼きシャケと卵焼きと納豆と、
お味噌汁が出てくるのが「当たり前」?
お風呂もトイレも洗面所も、
いつも綺麗にしてあって「当たり前」?
シャツや靴下は、その辺に脱ぎ捨てておけば、
勝手に洗濯されていて「当たり前」?
トイレットペーパーも歯ブラシも、
ティッシュも不足なく補充されてて「当たり前」?
シーツや枕カバーも定期的に洗われて、
布団はカラッと干してあって「当たり前」?
そんなの常識。
当たり前。
「飲むだけなら麦茶じゃなくて水でいいでしょう」
えっ?!
「かさばるからバスタオルなんか使わないで、
全身フェイスタオル1本で拭いて」
「食欲もない朝は食パンとインスタントコーヒーでいいでしょう」
えっ?!
「お風呂もトイレも洗面所も自分で掃除してね」
「自分で洗濯機に入れてないような服は洗わないよ」
「なくなる前に自分で買い足さないと、
トイレットペーパーだって無くなるんだよ」
「枕カバーとかまでいちいち誰が洗濯してると思ってるの?」
えっ?!
えっ、何にビックリしてるの?
そんなの常識じゃないの?
常識って、えっ?!
当たり前じゃないの?
どうして? どうして? どうして?
どうしてなんでしょう?
どうして、そうしてるんでしょう?
誰が、そうするって決めたんでしょう?
誰が、その状態を維持しているんでしょう?
「当たり前」
それって、ほんとうに、当たり前なことなんでしょうか?
「常識」
それって、ほんとうに、常識なんでしょうか?
家事の「ズボラ」を語るとき、
ときどき、
誰かの「当たり前」を揺るがすことがあります。
「えっ?!」
驚いた、そのとき、
初めてその「当たり前」に、
疑問符が飛びます。
そのときが、チャンスです。
その「当たり前」を取り出して、
しげしげ眺めて……
「本当に?」
そう“当たり前”を疑ったとき、
初めてあなたの、 あなたらしい家事のスタイルが、
自由に選べるようになるのかも知れません。












